2008年12月10日水曜日

クチャの北には千佛洞あり



ワン(王)が、バスに駆け寄り運転手と交渉した。千佛洞まで僕たちを乗せてくれることになった。
急いで乗り込んだバスの後列では、男たちがにぎやかにギターの回し弾きをしながらはしゃいでいる。既に酔いがまわっているのかと、僕たちは場違いな中に入ってしまったことに気をもみながら、バスの発車に任せた。

ザワザワとした車中では、合唱とギターの伴奏もかみ合わない。ヒゲ面顔のウイグル人達がギターを囲み歌う。女性への冷やかしはこれが楽しみだからと言いたげで沸騰した笑いが凄まじい。僕たちと一緒に山羊一頭を担いで乗り込んだウイグルの娘さんがいい的になってしまった。

僕は、千佛洞に行くにはいったんクチャ方面に戻るんだなアと、ようやく察しがついた程度だから、バスがどこから来たのか気にもかけなかった。まして、バスに乗り込んでも席の騒がしさはまだ他人事だった。

古いものを大切にする習慣が中国の経済状況にもかみ合って、バスは徹底的に乗りこなした貫禄十分なチャーターバスだった。 車内の破損具合は椅子に止まらず、運転席はというと無骨な本体をむき出しにエンジンが中央部にドッカリと占領していた。気安く僕らヒッチハイカーを乗せてくれたのはいいが、乗客の主役であるウイグル人はてんで乗り物には無頓着なように見えた。

こざっぱりとしたウイグル人の服装からウキウキとした空気が社内を包んでいた。そんなバスツアーでその半日の時間をすごすことになるとは思いも寄らなかった。三十分後、バスは動き出した。

バスの中は次第に晴れ間が広がってきた空の青に合わせるようににぎやかさを増し、いい大人が浮かれきっている。漢族ならモンゴロイドの骨相から年齢の察しがつく。だが、ウイグルの壮年の男たちを見ていると勇壮な草原の騎馬団を思い起こし、年をくっているように見えてしまう。 年老いたおじさんやおばさん、子供たちは一族郎党の端役に見えてしまうから不思議だ。僕たち三人は、すさまじい笑い声に毒気を抜かれながら、恐る恐る末席を借りて座わった。 それにしてもウイグル人にこんな素顔があるなんて、と感心するばかりだ。

席をずらせ僕と相棒に席に座れと目で合図した親切な人はウイグルの連中の中でも端正な顔をしたいなせな男で、ごつい顔つきの彼らと、童顔の日本人とはまったく違うことを教えるような貫禄をもっていた。都会の顔と農民の顔で分ければ半々。その青シャツにジャケットを羽織った一風マドロスガイは、後でわかったが信望の厚い教師だった。

ワンはウイグル人の乗客達の中では唯一漢族とわかる婦人二人の間に収まり、相棒は呆れ顔で無言を決めきっている。バスはT字路 に立つ千佛洞の看板を右に見ながら舗装路を西に向かった。

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