2011年6月5日日曜日

錆びたナイフをふりかざすクルドのハイジちゃん




(記憶遥か)
晴天の日、ディアルバキルの城郭に立つ。正面ゲイトは無残にも崩れ、レンガがなだれ落ち、こんもりと坂道をおおっていた。城郭の外の草原はといえば、冬の高原でペンペン草がはえている荒野の中庭のような風情だった。




崩れ落ちたレンガのくずを降りていくと一群の羊とその羊飼いの姿が迫ってきた。彼らはやせ細ったひつじ数頭をどこかに行かせるでもなく、しばしたむろする様子で、私を見つけた一人の少女が近づいてきた。


その少女はズボンに赤茶けたチェックのスカートをはき、すすけたシャツをまくり、手を振り上げた。その右手にナイフを持ち、それは多用途のお気に入りナイフというのではなく、パンに切れ目を入れるのにも難儀するような錆びた、どこかでくすねてきたような小さなナイフだった。その利かぬきな顔はうす汚れ「あんちゃん!金、出さないかい」。懇願するでもない脅しのポーズが堂に入ってる。


少女の目線はというと、左手をチラチラ見やり、その親指と人差し指をこすり、こすり、アラブ共通の札束を暗示して私の目線に訴えかけた。


私はここでかわいい!とでも感じ、ニヤッとすればよかったのだろうが、とっさにさわやかな天上の輝きにあいさつするすべを選んだ。少女に顔を近づけ「上をみあげてごらん!」と空を指さし合図を送った。


少女は私の目線に賭けて期待した。ぐるぐると体をゆっくりまわし、空をみつめ「何かあるんだ!」ときわめて素直にその場で円を描いた。私はその一時の少女の期待に反し、すでに5㍍以上城郭に戻っていた。


少女はだまされたと知って地団駄を踏んで悔しがった。私が別れのあいさつでこたえると少女は、年上の男の子が少女の怒りをしずめるように、ゆるく羽交い絞めにし、私に会釈する動作に納得がいかないというように武者震いした。二人の掛け合いはどちらが悪いという理屈をぶつけあうようにして高原を舞った。