2009年3月22日日曜日

さらば、ウイグル 漢族のバス連




漆黒の闇の中を、バスは快調に飛ばしヘイズ村に無事着いた。ウイグルのバス連はバイチャンへ、僕ら三人はここまで。長い一日がようやく終わった。とはいえ、バス停の周りは朝の賑わいを見るような、バスの到着と合わせた商売おばさんの活躍が再現され、ビリヤード周りは煌々と明かりに照らされていた。

今夜の泊まりは、ワンの交渉で素泊まりの民宿になった。一人一元の超格安の簡易ベッドが月明かりの中で僕ら三人を迎えてくれた。僕はいつもの封筒型の筒状の敷布とハーフシュラフにもぐりこみ、相棒にバスの漢族のおばさんのことを尋ねた。ワンと漢族のおばさんのよそよそしさが帰りの車中で見られなかったことが気になっていたためだ。

 彼女たちは山東省から新疆に来たという。山東省はワンの縁戚の人がいる沿岸の地にあたる。彼女たちは新疆に来てすでに10年以上経つ。自由に居所を変えられない中国事情から望郷の思いは強く、その寂しい思いは中国語を話せない僕のことにも触れ、気にかけてくれたそうだ。

2009年3月7日土曜日

「あなたは、どこから来たんですか」




  時間はすでに6時を過ぎていた。陽が落日に近づくとはいえ、空の蒼と霞んだ遠景がマッチした帰路の時間を、僕らはゆっくりとかみしめることが出来た。ワンと相棒は帰りの集合時間を承知済みだった。僕はといえば、あたふたとついていく のみ。降車位置にバスが待っていた。

 チャーターバスの乗り心地は最高の出足だった。ウイグル人のさわがしいバスではなかった。場をにぎわす連中はアルコールのにおいを漂わせ早々と眠りの時間に入っていた。 加えて、ワンと同じ画家である朝鮮族・韓楽然の落書きとの劇的な出会いが僕らに余裕を与えてくれた。小窟でワンが僕を見つめながらニコニコ笑っていたのは計算済みとみてよさそうだ。即席の朝鮮族になった僕は、ワンが新疆と東北地方の距離と半世紀の時間をかみ締める虚像として彼の舞台に登場した。写生旅行に同行した甲斐があったというものだ。

 そんな夢のような時間は、ガタピシのバスのせいでかき消された。千佛洞に一気に下る急坂を今度は一気に昇る試練が待ち受けていた。運転手は頭をピシピシと鞭を打ちアクセルに願いを賭けた。バスは急坂を上りきったところで止まった。いよいよ帰路の試練に直面し、乗客は一斉にバスを降りのぼり坂のじゃり道を歩き出した。僕は歩きながらニコニコと漢族の二人の婦人に会釈した。とたんに二人は大声を上げののしった。「お金も出さないでバスに乗って。なんなの!」

 僕は躊躇せずバスに向けユーターンした。確かにずうずうしい旅人だった、僕たちは。相棒とワンが上り坂の前を歩いていくのも忘れ僕は、ヒッチハイカーである僕にようやく立ち戻った。坂のこぶに止まっていたバスの下にもぐりこんだ運転手が盛んに工具を広げて車をいじっている。周りには、腕組みして路肩に寝ている黒のサングラス。おおば比呂司のおじさんも肩を並べてひっくりかえったまま。故障車の周りには慣れきった10人余のウイグル人が佇み、マドロスガイの先生が話し込んでいる。

 そんな小時間も運転手が運転席に戻り、いよいよの段取りになってきた。僕はバスの後ろでスタートを待ちわびた。とたんに、今度はマドロスガイが僕に駆け寄ってきた。「あなたはどこから来たんですか?」
僕は、アッと声をかけようとする、そのタイミングに合わせありがたいことにバスが動き出した。

 押せ!押せ!僕はうおーっとウイグル人も共通のうなり声に賭け、ひたすら隣のおじさんのヒゲずらをみながら必死にバスを押した。うなり声が車輪に乗り移りバスが動くタイミングに合わせ、僕も乗り込んだ。


 そして、バスはまた止まった。僕は肩の鞄を袈裟懸けにしてひたすら砂利道を歩いた。曲がりくねった上り坂の先で相棒とワンが 立ち止まっていた。相棒は川原の石投げのようにサイドスローでじゃり石を谷間に投げた。それはどう見ても日本人に身についたパフォーマンスで、日本人の生活習慣だよ、って一声声をかけたくなるものだった。 バスが僕の前をうなり声を上げ通り過ぎていく。こぶを越えバスは消えていく。そのこぶに歩きついた僕の目の前にバスが止まっている、ひたすらの時間が続いた。

 そしてまた・・バスの前に乗り合いの小型トラックがバスを牽引する様子が目の前に迫ってきた。ヘイズで待ちわびた乗り合いトラックが帰路の先達になったおかげでチャーターバスは最後の難関に差し掛かった。トラックのうなり声に合わせバスが動く態勢にはいった。今度は坂上の相棒、ワンも駆け下り僕たちは一斉にバスを押した。坂の台地上でようやく一息ついた。校長先生とマドロスガイが握手を求め僕らに駆け寄ってきた。急激に、お互いがどんな様子なのかもわからなくなる暗闇が包み込む時間が迫っていた。

 外は漆黒の闇に入った。それからのバスは平坦な道に支えられ快調に飛ばした。車内はまた今朝の騒がしさがよみがえった。ワンは僕が渡した解放軍水筒の冷たい水を飲み、漢族の婦人、ウイグルのおじいさんと次々に回し、飲み乾した。