2010年5月31日月曜日

電信柱とジグザグ、山に登る




天山山脈は日本の北海道・函館市とほぼ同じ北緯42度以北、幅500㌔以上の山塊の帯全体を総称している。その長さは約2500㌔。日本列島の三分の二を越えるからスケールがでかい。

その天山の山並みに向かう道は、途中まで再びのキジル千佛洞行きだった。今回は乗り合いバスのぬくもりに浸たり、先々の不安も感じない高揚した気分の出立ちになった。でもそれは郊外のヘイズ(黒孜)村までの話であって、路線バスが北東に舵をとるといよいよ荒野、山野にはいるのだ。

赤茶けた岩肌が迫るにしたがい簡易舗装がとぎれ山岳コースに変わった。道も一車線に狭まった。道沿い下の急峻な川幅、川の流れが急激に視界の変化を呼び覚ました。濁流の波頭が路肩を削り、落石が多くなってきた。バスが徐行を始めた。道が一部決壊し、工事が続いている。決壊箇所の現場では漢族の労働者が濁流に負けじと声を掛け合い人力戦を展開している。いずれにしても、この道は国道217号の幹線だが、何が待ち受けているか見当がつかない。

バスは本格的に山道に入った。礫岩が山肌を覆う。路肩は岩崩れがしばらく続く。片側は緑をなくした谷間がえぐっている。先を行くロバ車を追い抜く。擦れ違う荷車にむちを入れているのはハザク人だろう。バスは山懐に入るように蛇行道をゆっくり登る。

天山の高峰・ハンテングリ(標高7010㍍)が西の奥に雪をかぶり聳えているのが見える。谷間の急流を囲むように緑が上に伸びている。天山山脈の山塊に入ったようだ。タクラマカン砂漠の南からの暑い乾いた風をさえぎって視界は緑の風景に一変する。

樹林が南のひと山を被い、道と緑の山の間に湖が広がってきた。別世界の地に踏み込んだような。小龍池だ。道は台地上に移り、湖を望むように牧草地が広がり、パオ(モンゴルのテント状の家)が点在し、牛が放牧されている。これが南山牧場だろう。さらに上るとコバルトブルーの大龍池が小龍池の倍の規模で待ち受けていた。ここでバスは小休止。僕らは急いで食堂で羊肉入りの麺とスープをすすった。

バスは高度をあげ九十九折(つづらおり)が見通せるところに差し掛かった。この間、木製の電信柱が幹線の路肩を等間隔に走り、それこそ天に昇っている。バスがスピードを落とし、エンジン音が車体をゆすぶった。北側の斜面上に日干し煉瓦の家がぽつんと。こんなところにと思う太陽光発電の小さな施設が南に向け建っている。常駐の検問所の宿舎。さっきは入山ゲートを前にした停止だったようだ。ここで臨検があってもままよ、と気にならないから気分はひたすら天山詣でにはまっている。路線バスの九十九折を登る馬力が心強い。

僕と相棒はバスの最後列の左側に座っている。眼下、遠めにジオラマを超えた視界が広がり、ほとんどウイグル、ハザク人が占める乗客の気分が高揚してきたようだ。老人が突然、歌を歌いだした。若夫婦の口げんかが喧しい。小さな子供が外に向けおしっこをしだした。危ないから座れ、とお父さんが大声をかけている。
ハンテングリの雪を被った白山を望みながらうっとりしているうちに峠道のトンネルが迫ってきた。