2009年5月17日日曜日

青春18キップ的すすめ 2




  久しぶりの老人ののめりこんだ会話に生活の襞を知った。山陽本線の基点である網干(あぼし)から岡山に向う車中。すでに陽は落ち、車内はポツポツと空き席が目立つ。もう少したつと岡山駅だ。三人連れの老婦人の四人掛けの椅子に相席となる。

 岡山弁でまくし立てるおしゃべりの時間。「わたしが懇意にしている社長さんは、毎日写経する。写経するといいことがある。会社はうまくいくし、社長さんもすばらしい人よ」「子供さんが受験や就職のときは写経するといい。試験は合格するし、いいとこに就職できるのよ」「写経しないとろくなことはない。病気になったり、家に不幸がやってくる」。ざっとこんな調子で一人の老婦人がまくし立てる。
 それを聞いている同行の一人の老婦人はあいづちをうち、一人はニコニコしながら聞いている。何か説教場の一幕を見ているような。おしゃべりをする老婦人は、話しながら今度は、家に携帯で電話して途中駅に息子さんに車で迎えてくれないかと、連絡する。

 旅にでると人は感性が豊かになる。さらに帰路、自宅に近づくと感性が鋭くなると、この場面はそういいたそうだ。よくはコックリ、コックリ居眠りしながら旅のおわりの時間をかみ締めるもの。旅のそのぐらいの出来事のちょっとした話だった。でも、僕にとっては、人と人のつながりをこういうかたちで垣間見ると暮らしというものが遥か遠くにあるような・・印象に残る時間だった。 

 鳥取駅から山陰本線で浜坂を通過し城崎温泉に向う。単線の列車は二両編成のワンマンカー。過疎の代名詞のような鈍行列車にまだ慣れない。先頭車両で簡易装備の運転席を何気なく見ていると、カメラをぶら下げた男女が入れ替わり立ち代りで前方を見つめ、両側の窓から体を乗り出し、さかんにシャッターを押している。これが鉄道マニアのカメラ小僧かと、唖然とした。

 ところが、唖然としてはいられないのがわかった。ここは難工事で知られた餘部(あまるべ)鉄橋。山陰本線のハイライトだ。餘部駅にかかる高さ41㍍、鋼材をやぐら状にくみ上げたものでは日本一の橋脚の妙が鉄道ファンのメッカだったことを思い出し、あわててカメラのシャッターを押す。失敗した!

 
 城崎駅の温泉街の雰囲気に別れを告げ、列車は一級河川の円山川を南に福知山方面に向い、一路京都を目指す。この河川の両岸は広い田園と市街地が交互に続く。寂しげな 山陰の山里、海里から京に結ぶ交易の歴史回廊に入ったことで気持ちが落ち着く。運転席では、新米の運転助手の青年がおおきな声で盛んに点呼の声をあげ、教官がうなづいたり、助言を与えたりでなんとなくのんびりとした気分が列車に広がっていた。

 11時、車両待ちの列車に呼びかけるような、ゆっくりとした声が路傍の拡声器から解き放たれた。「本日、午前10時×分頃、北朝鮮から飛翔体が発射されました・・・」。シーンとした車内の後列から男子高校生の声が聞こえた。「発射したんだってサ!」。物語の語り部のような伸びやな声だった。