落葉は八月にもきずいていたはずだが、焼け落ちた落ち葉の気づきがなぜかなかった。これも暑さ慣れ,っていうやつか。自然な落葉は秋本番の図になるはずでこの時期の足元と落ち葉の量は異常だ。暑さ寒さも彼岸まで、と言っても彼岸の入りに彼岸花がトント見ることのないこの感覚は今年でおしまいにしてもらいたい。
相方との合唱はここまで。この先は独唱へ
アメンボ赤いなあいうえお 浮き藻に小エビが泳いでる 柿木栗の木かきくけこ
キツツキこつこつ枯きやき ササゲに~
相方との合唱はここまで。この先は独唱へ
アメンボ赤いなあいうえお 浮き藻に小エビが泳いでる 柿木栗の木かきくけこ
キツツキこつこつ枯きやき ササゲに~
歩こう歩こうわたしは元気 歩くの大好きどんどん行こう 坂道トンネル草っぱら 一本橋にでこぼこ坂道~
だあれかさんがだあれかさんがだあれかさんがみいつけた 小さい秋小さい秋小さい秋みいつけた めかくし鬼さん手のなる方へすましたお耳にかすかにしみた わづかにしみいる秋の風~
歌を歌いながら散歩をする人はマレな人なのだろう。コロナ前には子犬を抱いたおばさんがにこにこしながら、いつも聞こえてきますね、とでも言いたげに挨拶していた。近所のおばあさんは拍手をしながら迎える大変な歓迎だ。 しまいには家に近づくと連れ合いは指を立てて、静かにと訴えたものだ。そんなに俺の声はうるさいのかと聞くとその通りという。その本人は左耳がきこえない人になってしまったのに当り前よ!という風な変わった人だ。
白い坂道が空まで続いていた ゆらゆら陽炎があの子を包む
誰も気づかずただひとり あの子は昇っていく誰も恐れずにそして舞い上がぁる~
口上は往路の一声であって復路はことば遊びの付け足し言葉にかわる
それはそれは長い!そこで切りのいいところで連れ合いと大きな声で歌を歌うのをルーティーンにしている こちらは定番歌をかなで、唱和するようでないとどちらも今日一日の機嫌を図るようで真剣に歌う 時々と言わずバラバラに歌う
真っ赤だな 真っ赤だな 蔦の葉っぱが真っ赤だな
緑の葉っぱも~
五、後藤又米兵衛、槍をかついで五万石 そんなご利益あるならばあたしゃ京は五条の橋の上 牛若さまにどうぞ家来にしてくださいとおたのみしましょう 結構毛だらけ猫はいだらけお尻の周りは糞だらけ
散歩の習慣は歩く以上に体操がある。家を出ると誤嚥性防止からパタカラ体操、表情筋の運動でウンパニ体操、認知症対応でパンダの宝の体操、歯周病対策であいうえ体操。顎をつかって体操する心地よさは寝起きの体操に向いている。だから、というわけではないがラジオ体操は超不定期の体操になってくる
四、四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋な姉ちゃん立小便、白く咲いたか百合の花 四角四面は豆腐屋の娘 色は白いが水臭い 一度変われば二度変わる三度変われば淀変わる 淀の川瀬の水車誰を待つやらクルクルとゴホンゴホンと波さんが磯の浜辺でねえあなた あたしゃあなたの妻だもの妻は妻でも「阪妻」ときやがったお立合い 驚き桃の木山椒の木ブリキに狸に洗濯機 あっ、と驚くタメゴロ~ウ! …長い口上だ
朝方、目を覚ましたら鎮座するようにエメラルドグリーンの大きなカメムシが目の前にいた。ままよ、と起き上がったら大きな50円玉ぐらいのカメムシは消えていた。幻影だ。家をでて、大きく手を回したら頭がすっきりして、今度は緑亀のことを思い出した。母がなくなり実家の商店街の和菓子屋に時間があったので甥っ子と姪っ子と入った。あんみつが食いたかった。連れてきたまだ10代の二人も甘いものが食べられるので同行したのは正解正解とニコニコしていた。店の親父はこちらもニコニコして奥から四角い水槽を持ってきた。その中に長方形の水槽いっぱいに大きくなった亀を、緑亀を持ってきた。それはもう大きくてびっくりする代物だった。・・・なぜかそんなむかしのグロテスクな記憶がよみがえってきた。
三、サンで死んだが三島のおせん、おせんばかりがおなごじゃないよ。京都は極楽寺の門前で、かの有名な小野小町が三日三晩飲まず食わずに野垂れ死んだのが三十三、とかく三というのはあやが悪い、三三六歩で引き目がない。
昨夜来の大雨で水量が増した麻生川、川エビが集まっていたのか一カ所淵にカルガモ集中
T字路の戸建てのおかみさんがいつものように沢山の洗濯物を干していた。今朝は珍しく6時前の気温が26℃ライン。その心地よさで声もかかる「散歩ですか、行ってらっしゃい!」。甲高い声だなあ。その反対の路地の奥、そこの旦那さんがこちらに合わせるように昨朝、散歩に出かけていたのを思い出した。そしたら旦那さんは一人で散歩。奥さんは散歩に行かないみたい、奥さんがジムに行っても旦那さんはジムに行かない、となぜかこちらの思案にテレパシーがかかったように連れ合いが吐露した。朝っぱらから脳みその具合がいいみたいだ。
口上は続く・・続いた数字が二。兄さん寄ってらっしゃいは吉原のカブ。仁吉こと吉良の仁吉は義理熱く人情に熱いときた。かの荒神山の決闘で鉄砲に撃たれて死んだのが二十と八、憎まれっ子世にはびこる。日光結構東照宮。
もののはじまりが一ならば国の始まりは大和の国、島の始まりは淡路島、泥棒の始まりは石川五右衛門、博徒の始まりは釜坂の丁半、スケベーの始まりは小平義男 ・・口上の始まりから古沢経由の麻生川逍遥が始まるのだが。今日はろれつが回らない。
そんな異常事態はいつもの話にしないと、つまり元気な話はありえない!と踏んだ方がよさそうだ。パーキンソン病の兆候か、二日続きの6時前起床の反動かどうかは散歩の最終にならないとわからない。川沿い散歩があと20㍍で終わりのところでようやく元に戻ったから・・良しとしよう。
今日もコガマは悠々と兄弟仲良く泳いでいる。
思い出したような麻生川の散歩再開の話に昨夜は弾んだ。それにしても暑すぎる!そこで話はエアコン室外機の保護作業に移り、早朝5時半過ぎの起床から遮断シートの作業にかかった。昨日の話では6時前はまだ30℃にならないだろうと踏んだが、じっさいは30℃も超えていた。庭にある二台の室外機の心配にけりをつけた。さて、麻生川の散歩は、いざ!といきたいところだが行くまでが熱い!崖沿いの平屋ホワイトハウスに朝のあいさつをして坂を下る。
ひさしぶりのブログは逍遥のように書くべし!そのようにして続けよう。なぜかブログファンというのは途切れなく続くものらしい。