2024年9月20日金曜日

麻生川逍遥  いまだ・・


 落葉は八月にもきずいていたはずだが、焼け落ちた落ち葉の気づきがなぜかなかった。これも暑さ慣れ,っていうやつか。自然な落葉は秋本番の図になるはずでこの時期の足元と落ち葉の量は異常だ。暑さ寒さも彼岸まで、と言っても彼岸の入りに彼岸花がトント見ることのないこの感覚は今年でおしまいにしてもらいたい。

相方との合唱はここまで。この先は独唱へ

アメンボ赤いなあいうえお 浮き藻に小エビが泳いでる 柿木栗の木かきくけこ

キツツキこつこつ枯きやき ササゲに~

2024年9月18日水曜日

麻生川逍遥  異変


 思いついたように散歩道を見上げると冬の日のように葉のおちた寂し気な桜の木がそびえている。それはカラスが好みそうな孤木の木の群れが集まりそれが下流に足を運ぶと群れの数が増えていく。時はまだ酷暑の中、赤い百日紅があいかわらず見事な花房を広げ、柿木の実は日焼けしたようにぶら下がり、真っ赤な唐辛子の実が膨らんでいる。これらの異変は夏と冬が同居したような気味の悪い並木道の風情だ。


曲がりくねりはしゃいだ道青葉の森に駆け回る 遊びまわり日差しの町誰かが呼んでいる
夏が来る~

2024年9月12日木曜日

麻生川逍遥  あいさつ


朝のあいさつは土地を二分割した小坪ハウスの建築工事から。おはようございます、は定型の朝の挨拶だが散歩コースでは近頃トント聞かれない。ところが今日は四件のあいさつを受けそれに答えた。受け身のあいさつはめずらし、となる。暑さ寒さも彼岸まで、に近づいてきた。気持ちが変化する時期かも知らない

歩こう歩こうわたしは元気 歩くの大好きどんどん行こう 坂道トンネル草っぱら 一本橋にでこぼこ坂道~
 

2024年9月10日火曜日

麻生川逍遥  語り合い


 朝も早うから歌を歌う人はマレだ。速足で散歩をするとそのスピードに合わせるように話し声が近づいてくる。介助の車を押しながらおばさんが盛んに横のおじさんに話しかける。それはほとんど雑音にしか聞こえない。朝の世田谷線の車の騒音と混ざってまさしく雑音でありゆっくりと語り掛けているわけではない。ママよとゆっくりこちらは歌い続けるとわけのわからない輪唱になって響いてくるよう。これも朝のご挨拶だ。


だあれかさんがだあれかさんがだあれかさんがみいつけた 小さい秋小さい秋小さい秋みいつけた めかくし鬼さん手のなる方へすましたお耳にかすかにしみた わづかにしみいる秋の風~

2024年9月9日月曜日

麻生川逍遥  おとなし


コロナ後の散歩道はおとなしいものだ。歌を歌っても川の向かいの人は何だか声がする、という程度の関心しかないように見える。通りすがりの人は雑音以上の音の響きを嫌うようにモクモクと歩きそして走る。余裕がなくなったンだ

知らない街を歩いてみたい どこか遠くに行きたい 知らない海を眺めていたいどこか遠くへいきたい 遠い空遠い海夢はるか一人旅~







 

2024年9月7日土曜日

麻生川逍遥  歩いて思う

 


歌を歌いながら散歩をする人はマレな人なのだろう。コロナ前には子犬を抱いたおばさんがにこにこしながら、いつも聞こえてきますね、とでも言いたげに挨拶していた。近所のおばあさんは拍手をしながら迎える大変な歓迎だ。 しまいには家に近づくと連れ合いは指を立てて、静かにと訴えたものだ。そんなに俺の声はうるさいのかと聞くとその通りという。その本人は左耳がきこえない人になってしまったのに当り前よ!という風な変わった人だ。


白い坂道が空まで続いていた ゆらゆら陽炎があの子を包む

誰も気づかずただひとり あの子は昇っていく誰も恐れずにそして舞い上がぁる~

2024年9月3日火曜日

麻生川逍遥  ポツン


坂を下りながら秋の風 信号待ちで秋の風 川面に吹く秋の風

麻生川に巣くう飛来する鳥はシジュウカラ、ツグミ、カルガモ、はとにカラス

なんといっても今日もいたカワセミだが忘れてはいけないのが田んぼでも見るシラサギ。

凛として近寄りがたい鳥だ。


いま私の願い事が叶うならば翼がほしい この背中に鳥のように白い翼つけてください

この大空に白い翼~


 

2024年9月1日日曜日

麻生川逍遥 豪雨


 今年の台風10号は「台風の中に台風」であるような中心台風が環状雲をけしかけた猛烈な風・雨あられの不連続ゲリラの様相。今まで経験したことのない経験の記録と記憶は筆舌に尽くしがたいとはよく言ったものだ。川は轟音に包まれ鳥は縮こまり人は呆然と眺めるばかり。


菜の花畑に入日薄れ 見渡す山の端かすみ深し 春風そよ吹く空をみれば

夕月かかりいて匂い淡し~